小説の世界に浸る

小説の世界に浸る。5月編 【葉桜の季節に君を想うということ】

川島優大

川島優大

UPDATE 2022.05.25

『読書を廃す、これ自殺なり。』という国木田独歩の言葉があるくらい、本を読むことで得られる知見は多く、人生を豊かにするものだと思っています。ですが読書が習慣になっている人が最近は少なくなってきているのは気のせいでしょうか。
「忙しいから」「文章を読むのが嫌いだから」といった理由がある他に、「どれから読めばいいかわからないから」と思っている人も多いのかもしれません。そういった方に向けて、その月にちなんだ小説を紹介していきます。
まずは一冊手にとって、読書の面白さを再確認していきましょう。

その先入観、間違っていませんか?

桜も散り、初夏を感じるようになりはじめた5月におすすめするのはこちら。

『葉桜の季節に君を想うということ』

5月を連想させる「葉桜」という言葉を見て、みなさんはどんなジャンルの本を想像しましたか。
「桜」からイメージされる出会いや別れ。また「想う」という漢字から恋愛や青春を思い浮かべた人が多い気がします。
しかし実はこれ、ミステリーなんです。

ミステリー作家として有名な歌野晶午が手がけたこの一冊。
出版された2004年にミステリーの賞を総なめにしました。最初から最後まで無数に張り巡らせた伏線がどのように回収されるのか、楽しみながら読める小説です。

受賞タイトル

第57回日本推理作家協会賞受賞

第4回本格ミステリ大賞受賞

このミステリーがすごい! 2004年版第1位

本格ミステリベスト10 2004年版第1位

週刊文春 推理小説ベスト10 2003年度第2位

物語の主人公は、自称「なんでも屋」の成瀬将虎。ある日成瀬は高校の後輩である芹澤清から、久高愛子の相談に乗ってほしい頼まれ、話を聞くことに。その内容は、愛子の亡くなった祖父の交通事故の真相を探ってほしいとのことでした。探偵の経験もあった成瀬はそれを引き受け、調査を進めると背景には「蓬莱倶楽部」という悪徳商法業者が存在していて……。

そして同じ時期、成瀬は駅のホームで飛び降り自殺をしようとしている麻宮さくらを助けます。駅員からの聴取にも付き合い、悩みを聞いているうちに2人は思いを寄せ合っていくことに。

悪徳業者の調査と恋の行方。関係なさそうな2つの出来事に共通することが、物語が進むにつれてすこしずつ明らかになっていきます。

僕から言えるあらすじはここまで。
『あまり詳しいストーリーは紹介できない作品です。とにかく読んで騙されてください。最後の一文に至るまで、あなたはただひたすら驚き続けることに……』とこの本の帯に書かれているように、誰かから聞くのではなく、自分自身で読むことでその驚きとはなにかを知ってほしい一冊です。

ただ1つ言えるとするなら……

言葉の持つ力は怖い。

私たちは頭の中にあるイメージを勝手に小説に反映させてしまいます。
例えば「イケメン」と言われれば自分好みの男を想像し、「耳が破裂するような音」と書かれていれば、経験したことはないけど「このくらいだろう」と想像しませんか?
人間ってそういう力にすごく長けているんですよね。

では、そのイメージが本当に正しいのか、すべてを疑いながらページをめくってください。

あなたは成瀬将虎を何歳だと思い読み進めるでしょう。

この男の年齢が明らかになった時、「なるほどね。だから……」と思える描写が作中にたくさん存在していますよ。
小説の醍醐味でもある叙述トリックが盛り込まれた一冊。特に普段あまり本を読まない人には、映像では再現することのできない文章の面白さを体験することができます。

まずは月1冊から。最初は読み進めるのに時間がかかってしまうかもしれません。でもそれでいいんです。ゆっくりと物語を噛み締めて、小説の世界に一歩ずつ踏み入っていきましょう。

葉桜の季節に君を想うということ

825(税込)

レビュー

素人探偵の元に持込まれた霊感商法事件の意外な顛末、そして…!?最後の一ページまで目が離せない、本格スピリットに満ちた長篇 こと女に関してはからっきし意気地のない後輩・キヨシに拝み倒されて、南麻布の愛子嬢の屋敷を訪ねたのが事件の発端だったーー。なんでもやってやろう屋・成瀬将虎は悪質な霊感商法事件に巻き込まれ、一方では運命の女・麻宮さくらとのデートもこなさなければならず大忙し。果たして事件は無事解決するのか、そして将虎とさくらの恋の行方は? 最後の一ページまで目が離せない、本格魂に満ちた一作。