『読書を廃す、これ自殺なり。』という国木田独歩の言葉があるくらい、本を読むことで得られる知見は多く、人生を豊かにするものだと思っています。ですが読書が習慣になっている人が最近は少なくなってきているのは気のせいでしょうか。
「忙しいから」「文章を読むのが嫌いだから」といった理由がある他に、「どれから読めばいいかわからないから」と思っている人も多いのかもしれません。そういった方に向けて、その月にちなんだ小説を紹介していきます。
まずは一冊手にとって、読書の面白さを再確認していきましょう。
5月編はチェックしてくれましたか?
まだの方はこちらから。(葉桜の季節に君を想うということ)
他人の秘密は媚薬の味。
梅雨入りの知らせを耳にするようになった6月。ジメジメとした空気に嫌気がさしてしまいます。せっかくのお出かけなのに、急な雨でカフェに避難なんてこともしばしば。そんな時におすすめの一冊がこちら。
『二重生活』
直木賞作家の小池真理子さんが手がけたこの作品。2012年に初版が発売されたのち、2016年には実写映画化もされた人気作となっています。原作と映画のストーリーは違っているので、映画を観たことがある人でも楽しむことができますよ。
物語の主人公は女子大学院生の珠。講義で知ったフランスのアーティストであるソフィ・カルの「文学的・哲学的尾行」の実行を思い立ち、近所に住む既婚男性の石坂を尾行することに。思いつきで対象を選んだ彼女でしたが、石坂の不倫現場を目撃してしまいます。他人の秘密を知ることに興奮を覚えてしまい、その後も彼の尾行を繰り返す日々。そんな毎日を送っているうちに、「自らの彼氏にも秘密があるのでは?」と懐疑的になっていって……。
乱れていく男女の感情を、スリリングな展開で描き出す、サスペンス小説となっています。
さてあらすじを紹介しましたが、今作のキーワードとなるのは「文学的・哲学的尾行」。
これはソフィ・カルの実験のひとつで、
「他者のあとをつけることで、その人の人生を疑似体験するための行為」と定義されています。
「ストーカーってこと?」と思ってしまいそうですが、そうではないのがこの実験のポイント。
ストーカーは、対象への歪んだ愛や執着心の発散が目的にありますが、「文学的・哲学的尾行」にはそういったものはありません。この奇妙な行動に溺れていく姿を描いたのが今回の作品です。
みなさんも他人の秘密を知っていることに、快感を得たことはありませんか。こそこそ話が盛り上がるのもそれが理由。「私たちだけが知っている」「誰かに教えてあげている」といった優越感に浸っているんですよね。しかし知りすぎは禁物。現実と妄想の境目が曖昧になってしまいます。そしてどんなものにも疑いをかけるように……。こうなってしまわないように、どのように秘密と向き合えばいいのか。その方法を物語を通して、ぜひ見つけてください。
「なにも知らないのが幸せなのかもしれない」
この本を読み終えた時、多くの人がそう感じるでしょう。
そして実は私たちも「文学的・哲学的尾行」をしていたことに気づきます。
それは「石坂を尾行する彼女」を、物語を通して尾行していたということ。
知らぬ間に、珠の「秘密」を欲していたのかもしれませんね。
カフェでたまたま隣に座った人は、本当に偶然なのでしょうか。私のことを一方的に知っていて……。
普段考えることのない、そういった非日常的な体験ができるのも小説の醍醐味。独特の世界観を『二重生活』で感じてみてはいかがでしょうか。