中学2年の時に同じクラスになったユキの誘いで、私はすぐにドラムにのめり込んだ。それは、その後、10年間にも及ぶ、バンド生活の始まりだった。
音楽を通して、つながる人、そして、気持ち。
ユキに声をかけられてから、すぐにドラムの練習を開始した。必要なものは、スティックだけ。ギターやベースと違って、初期費用はかからない。自分の部屋にあったアップライトピアノをドラムに見立て、屋根(ピアノの上の蓋の部分)や、鍵盤の蓋を閉めたところに、本をたくさん置き、毎日、練習をした。相当うるさかったはずだが、家族には何も言われなかった。指の付け根の部分にマメができ、それが潰れ、その上からまたマメができて、それがつぶれていく。もちろん痛かったが、関係ない。バンド活動は楽しくて仕方がなかった。
最初にコピーをしたのは、ガンズ・アンド・ローゼズの「エイント・イット・ファン」と、メタリカの「エンター・サンドマン」。もちろんユキの選曲だ。その後も、ミスター・ビッグ、メガデス、レッド・ツェッペリン、スキッド・ロウ、ブライアン・アダムス、ボン・ジョビ、エアロスミス……、これらのバンドのコピーに夢中になった。中学3年になると、いわゆるハードロックを卒業。ニルヴァーナやグリーン・デイ、レッチリ、フェイス・ノー・モア、パンテラなどをコピーした。
練習だけではない。それまで悪さばかりしていた生徒たちが、バンド活動にエネルギーを注いでいくことを、講師もいいように思っていたのか、学期の終わりなどにある「お楽しみ会」的な場で、たびたびライブの機会を設けてくれた。中学3年の文化祭では、ニルヴァーナのコピーをする。ユキがボーカルを担当した「Very Ape」という曲で彼は、「勉強せぇ、勉強せぇ、勉強せぇ……」と、講師からかけられる言葉を使った替え歌で、大人たちの態度を皮肉っていた。
しかし、何が理由か覚えていないが、中学3年になってから、私とユキの関係はすこし歪み始めた。思春期によくある、くだらないことがきっかけのすれ違いだったのだろうか。あまり会話をすることがなくなっていき、バンドも解散。普段の学校生活でも、どこかぎこちない関係が続いた。学年の中心的な存在だったユキとすこし距離を置いたことで、いつも一緒にいたグループに居場所がないように感じることもあり、辛かった。
3年生の夏休みが終わってから、私は同じクラスの友達と、新しいバンドを組んだ。ギターボーカルは岡佑平くん、通称、「オカ」。ベースは藤井寛くん、通称、「フジッペ」。今度は3ピースだ。受験勉強などはそっちのけで、ガンズ・アンド・ローゼズやエアロスミスのコピーに明け暮れる生活となる。ちなみにユキはユキで、また別の仲間と新しいバンドを組んでいた。私もオカとフジッペと3人で何度かライブを経験し、卒業前の最後のライブを迎えることとなる。
その「卒業ライブ」では、1曲だけ、私がピアノを担当した。イーグルスの名曲「デスペラード」だ。私がピアノということは、その曲ではドラムがいない。そこで、助っ人に登場してもらうことにした。小学校からの親友、はらやんだ。彼はドラムの初心者だったが、その1曲のためだけに、一緒に練習を重ねた。
曲は進んでいく。最初は私のピアノとオカのボーカルだけ。2回目のサビが終わって、ドラムが入ってくる。はらやんもいい調子だ。そして最後のサビ。曲を知っている人はわかると思うが、いちばん盛り上がる部分、「You better let somebody love you」というフレーズに呼応して、「let somebody love you」というコーラスが入る。しかし、練習のときに、そこのコーラスをどうするかを決めていなかった。そもそもマイクはオカの前にしか置かれてない。演奏をしながら、「コーラスの部分はなしで進むしかない」とみんなが思っていた。そしてオカが「You better let somebody love you」と歌ったその時……
let somebody love you……
脇からコーラスが聞こえてきた。ユキだった。
いつの間にか、舞台の袖の部分に上がり、マイクを使わず、地声でコーラスをやってくれた。洋楽に明るい彼だ。イーグルスの名曲を知らないわけがない。仲違いをしていたユキがコーラスをしてくれる姿を、体育館のグランドピアノ越しに見る。私はステージの上で涙が出そうになるのをこらえた。
「音楽が、つないでくれた」
なんとなく、そんなことを感じ、その数日後、我々は濃密な中学生活を終えた。
ちなみにオカは今、京都の美山町というところで、『芦生自然学校』(★)というNPO法人の活動に取り組み、子どもたちにむけて、自然環境の中での暮らし方や遊び方を伝える活動をしているようだ。子どもたちの前でギターを抱えている写真を見ていると、嬉しい気持ちになる。またフジッペは、会社の代表となり(★)、複数の事業を展開しているのをフェイスブックを通して知った。みんな、大活躍だ。なかなか会うことはできないが、旧友たちの活躍は、とても刺激になっている。
(つづく)
Editor’sNote
言わずもがな、日経新聞で展開されている「私の履歴書」を模して、さらに「交遊抄」のニュアンスを足したコンテンツです。日経と同じく全30回を予定しています。