水面下ではもがきまくって、
独立しました。
雨森
こんちはー。
廣瀬
どいまー!
吉田
こんにちわ!
雨森
2回目なので、もう前置きはいらんよね。さっそく始めよう! 今回のテーマは、「なぜ社長になったのか、そして社長になった結果、なにかいいこと、悪いことあったか」みたいな感じでおねしゃす!
廣瀬
でた、タイムリーネタ、おねしゃす!(収録は『半○直樹』第8回放送日の翌日)
吉田
おねしゃす!
雨森
まず3人の共通点として、「サラリーマン経験が少ない」っていうのがあるよね。そこで社長になるまでを、それぞれめっちゃ簡単に振り返らへん?
吉田
僕はアトリエ系のインテリアデザイン事務所に10年間勤めて、いま(笑)
廣瀬
簡単すぎる(笑)
雨森
じゃあ俺。俺は大学を卒業する時に就職活動をせずにバンドを志すも夢破れ、そのあと友達同士が集まったチームで起業を目指し、それも夢破れ、仕方なくサラリーマンになった。その会社で3年半勤めて、上京と同時に独立。8年間のフリーランスを経て、いま。
廣瀬
ほな俺。俺も就活をせずにバンド活動をして、ドラムが脱退したことによって解散。その後、俳優事務所の研究生になることで上京するも、夢破れ大阪で就職活動をした結果、飲食をサポートする会社で2年半勤務。そして独立して、いま。スタートはアメヤンと一緒(笑)
雨森
志すよね、やっぱり(笑)。吉田くんは、就活したん?
吉田
3社、受けました!
雨森
あ、そうなんや。で、どうやってそのアトリエ系インテリアデザイン事務所に入ったん?
吉田
……
雨森
?
吉田
……
廣瀬
あれ?
吉田
ごめん、お客さんから電話がかかってきて……。
雨森
ワロタ。
廣瀬
このライブ感、いいね!
雨森
公開時も、編集せずにこのまま原稿にしたろ。
吉田
ごめん、再開! 当時バイトをしていた飲食店の社長が、就職が決まってない僕のことをえらく心配してくれてて。その人が「俺の知り合いの大阪のインテリアデザイナーを紹介するから、修行のつもりで行ってこい」と。丁稚奉公ってやつやわ。それがすべての始まり。
雨森
なるほどな。その事務所で、社長が外出の時にこっそり何してたん?
吉田
おいおい、それは絶対にアカンやつやから(笑)
廣瀬
いまの愛車やん! ほれ!!
雨森
言うてみて!
吉田
ほんまにあかん! 誰が見てるか分からん!!
雨森
これはこれは、すまん(笑)
廣瀬
ごめりんこ。
雨森
つまり、共通していることとしては、いわゆる業界の大手企業に勤めて、十分な実績とか人脈ありきで独立したってことじゃない、みたいな感じよね? たとえば俺の業界でいうたら、電通で10年ほど働いてから独立みたいな、そういうことじゃないわけで。かつ、みんなフリーを経てるってことでいいかな?
廣瀬
俺も1年は個人でやってたよ。
雨森
廣瀬にいたっては、サラリーマン時代は、業界もウエディングじゃなかったんよね?
廣瀬
うん。飲食店を外側からサポートする会社やったから、完全に別!
廣瀬社長の法人設立記念パーティーより。浴衣姿は色気がある!
雨森
じゃあ前提はこれくらいにして、きっかけみたいなのを話そうか。会社を作ろうとした時、もしくは独立した時かな。誰からいく?
吉田
ほなわてから。一番おっきのは結婚かな。
雨森
おっき? え、勃起??
廣瀬
え? 当時の事務所でやってたやつは??
吉田
打ち間違えた。一番「おっきい」。
雨森
さすがにノッてけえへんな(笑)
吉田
ここは大切なとこやから(笑)
雨森
ごめりん!
廣瀬
こ!
吉田
当時の俺は結婚を真剣に考えて、でもその時の給料ではしんどいっていうのがまずあったね。あと、ああいうデザイン事務所って頭に立つ人が絶対で。その人の下で働いていても、自分を表現するのが難しかった。そういうのが重なって、せっかくやしこれを機に自分で好きにできるように独立しようと。
雨森
なるほど。とりあえず、みんな話していこうか。次、わて。俺は当時サラリーマンとしてやっていた広告の制作ではなく、雑誌の出版とか編集の仕事がしたくて、となるとやっぱり東京やし、上京と同時に独立した感じ。けど、出版社には就職できず、ズルズルとそのままできる仕事、つまり広告業をやり続けた。つまり別に「独立しよう!」って思ったわけじゃなくて、どっちかって言うと消極策としての独立。その後、フリーランスから会社にしようって思ったのは、その時に部下を雇って1年ほどが経ってて、さすがに保険関係をきちんとしてあげたいっていう、それだけ。
廣瀬
ほなわて。俺は親父の影響もあって、30歳までに自分でやりたいなー、何がええかなーってずっと思ってて。そんな頃に友人の結婚式の二次会の幹事を頼まれることが多くなってきた。しかもそれが思いのほか好評で、「なんならこれを仕事に出来るかな」と思って、ネットで調べたらいくつか会社があって。後は勢いで会社を辞めて事務所を借りてん。最初はフリーランスとしてやっていこうと思ってたけど、想像よりもよいペースで問い合わせが増えだしたから、「もう会社にしちゃえ!」っていう、ノリで法人化。
雨森
ほお。お父さんも事業をされてたと。どんな?
吉田
きた!
廣瀬
もう1,000回は聞かれてる! 水道ポンプ卸売です!(笑)
雨森
いつもの、ありがとう!(笑)みんな、それぞれやな。俺が気になったのは、吉田くん。「結婚を意識して」って言うてたけど、独立するってことは、むしろ収入的には不安定になるんじゃないの?
吉田
いや、今以上に下がることはないっていうくらい底辺にいたから(苦笑)
雨森
じゃあ独立して、安定して収入が入ってくる見込みがあったん?
吉田
それはまったくなかった!
廣瀬
あの時、独立を躊躇してた吉田くんをよく覚えてるよ(笑)
吉田
ほんまに(笑)
雨森
じゃあわりと博打的な?
吉田
とはいえ、パソコンとプリンタがあれば出来るし、独立すること自体にはあまり怖さはなかったかな。初期投資が少ないから。
雨森
俺らの仕事はそうよね。みんな、貯金的にはどんな感じでいった? 俺は独立のタイミングで上京したし、自分で本を出版したり、そんなタイミングが重なったこともあって、ぶっちゃけ50万もないくらいで独立したけど。
廣瀬
独立する時はまだ結婚してなかったし、貯金なんてほぼなかった!
雨森
かっこいい!
廣瀬
しかも会社を立ち上げた時に結婚も決めたから、よく向こうの両親はOKを出してくれたと思うわ……。
吉田
……
雨森
でも廣瀬はさっき言うてたみたいに、わりと勝算があったってことよね?
廣瀬
法人にする時にはね。
雨森
あ、じゃあ独立の時は、廣瀬も博打的な?
廣瀬
うん。その時はまだ自分の友達、もしくは友達の友達くらいの範囲しか案件はなかったからね。最初は焼き鳥屋の立ち上げを手伝いながら、その仕事が終わるまでに、友達の紹介だけじゃなくてWEBからの問合せを増やすために必死やった。
雨森
最低限の収入は他から得てた、くらいの感じか。
吉田
……
廣瀬
そうそう。2人での創業やったけど、俺は貯金を切り崩しての生活、相方は夕方からは別のバイトをしてっていう(笑)
吉田
……
雨森
最初はそんな感じよね。「独立する」ってなんかカッコいいけど、水面下ではみんな必死でもがいてる。
廣瀬
残念ながら今でも必死でもがく毎日やけどな(笑)
雨森
確かに。っていうか、吉田くん、また電話? もしくは、ここにきて○ム○ーしてる?
廣瀬
あ、久々にやりおったか!
雨森
愛車もそれやし、余計に興奮するんやろな。
吉田
ごめんごめん。ちょっと我慢できなくて……。
雨森
いいと思う!
廣瀬
全然いいよね!
雨森
吉田くんは、フリーから法人化のきっかけは?
吉田
まずは税金の問題。それに、やっぱりちょっとずつ組織としても大きくできたらと思って。あと、規模的に大きいクライアントで、会社にしていないと取引できないところがあったり。
雨森
その問題もあるよね。じゃあまとめると、俺はフリー時代が8年と長くて、廣瀬は1年、吉田くんは?
吉田
フリーは2年半くらいかな。
雨森
その2年半って、もう相方がいたよね?
吉田
うん。最初からいたよ。
雨森
てことは、まずお客さんから吉田くんのところにお金がはいって、そこからお給料を払ってた感じ?
吉田
いや、1年目はほとんど給料はなかったな……(笑)
雨森
いいね、そういう話! みんなそんな感じなんやね。じゃあそれぞれ貯金を崩す、みたいな?
吉田
そやね。ほんまやばかった(笑)
雨森
みんな苦労してるんや。廣瀬がフリーとしてやっていた1年も、相方っていうか、部下がいたよね? 当時、お給料はどうしてたん?
廣瀬
最初の1年は俺も給料ほとんどなくて、売上は会社に残して資本金に回したね。相方はバイトで生活費を稼いでたって感じ。どうやって結婚できたんやろ(笑)
雨森
つまり吉田くんと一緒ってことか。マジでみんな苦労してる! ちなみにそういう意味では俺はまだ恵まれてて、上京したタイミングで独立はしたものの、友達がやってる会社に半分在籍するカタチで仕事を手伝わせてもらってたから、収入がゼロではなかったし、上京後4ヶ月間は、2人も知っているF田くんの家に居候させてもらってた。けど、4ヶ月後からは賃貸を借りたし、その友達の会社からの給料もちょうど家賃で消えるくらいやったから、俺も貯金を崩してた。どうなるか、ほんまに不安やったよ。
吉田
なんとかなるもんやね。
廣瀬
でも、みんな正気の沙汰ではないな(笑)
雨森
いや、まじで(笑)
吉田
若さゆえ。
雨森
確かに。俺はそれが29歳の時。2人は?
廣瀬
俺も29歳!
吉田
僕は31歳!
雨森
だいたい一緒!
廣瀬
今なら絶対に取れない選択肢をいくつも選んできた気がするわ。
雨森
ほんまにそうやね。
何がよくて、
何が辛い?
雨森
ということで、独立、もしくは法人化を経て、どう? いろいろな観点があるけど、大きな変化として、どういうものがある? 誰からいこか。
廣瀬
ほなわて。サラリーマンとの違いで言うと、自分で自分の報酬を決めるってとこかな。あとは仕事とか取引先を自分で決めることができるっていう。
雨森
それはやっぱりでかいよね。それはポジティブな変化ととらえてる?
廣瀬
うん、ポジティブ!
吉田
たしかに給料を決めるのはむずかった!
雨森
正解がないもんな。今も自分がちょっともらいすぎてると思ってるけど(笑)。会社の業績が悪い時、一番の要因はそれやろって(笑)
廣瀬
確かに(笑)
吉田
(笑)
廣瀬
自分の取り分を減らせば、きちんと利益が出るやつな。
雨森
そこって、どうやって気持ちの折り合いつけてる?
廣瀬
俺は今はコロナの影響で売上は壊滅してるけど、報酬は据え置きにしてる。ちゃんと報酬を取って、それに見合う売上を作ろうっていう。
雨森
目標設定の軸にしてるってことね。
廣瀬
うん、最悪は会社に貸付しておいて、儲かった時にガバッともらうっていう作戦も取れるし。
吉田
僕は二人より全然少ないと思うけど、自分がどれくらいやってるかは自分が一番わかるし、これくらいはええかなと。
雨森
いやいや、俺もぜんぜん大したことないけどな。ただ恥ずかしながら、給料をもらわず、会社に貸し付けた経験はある。
廣瀬
まずは会社を軌道に乗せておかんとアカンもんね。報酬決めはマジで永遠のテーマかも!
吉田社長が法人設立時に関係者に送ったハガキから。溢れ出すスタートアップ感!
雨森
吉田くんはどう? 変化っていう点では。
吉田
やっぱり経営も考えないとあかんのが一番の変化かな。
雨森
クリエイティブだけじゃなくて、数字のこともってこと?
吉田
そやね。やりたいことだけやっててもダメやし、自分だけのこと考えててもダメ。難しいわ。
雨森
ってことは、ポジティブな変化っていうより、考えないといけないことが増えたっていうネガティブ要因が増えた感じ?
吉田
いや、ネガティブなようやけど、それも含めて自分の考えで右に行くか左に行くか決めれるってのはやっぱりおもしろいし、楽しいかな。
雨森
そうやね。俺でいうと、ネガティブな点は、フリーの最終年と比べると、収入は減ってる。低い額で報酬を設定したから。それでも1年目は赤字やったし。もちろんポジティブな変化もあって、それは、部下と同じ価値観で仕事ができるっていうことかな。それまではフリーランス同士が集まって仕事をしてたんやけど、そうなるとやっぱり仕事に向き合う価値観が違う時が出てくるから。でも、どれも正しいからさ。ただ組織にしたら「少なくともアイタイスではこれは守ってね」っていうのを、いわば押し付けかもしらんけどルールとして設定できる。同じフリーランスに「仕事っていうのは〜」とか説くのは違うけど、部下になら説けるやん。そこは大きな違いかも。
廣瀬
価値観の共有、大事やね。
吉田
やね!
雨森
同じ組織にいる仲間として、守らないとあかん縛りではあるけど、同時に共有し合える喜びもあると思ってる。それが楽しくなかったり、守れないと思ったりするなら、残念ながら一緒に働けないよね。
廣瀬
んだ! そしてそれを採用面接で見抜くのってなかなかの難しさ……。
雨森
それは完全に無理ゲーやろ。だから、辞めていくことも仕方ない。
廣瀬
間違いないね。
吉田
採用って難しいやろね。
雨森
廣瀬はもう何度も直面してるやろうしな。またいつかのテーマにしよ!
廣瀬
うん、いつかのテーマで!
弊社雨森が大阪で3年半勤めた会社を辞める際の送別会で。この目の腫れ方は、絶対に泣いてますね(笑)
雨森
俺はもうひとつ、フリーから組織のポジティブな変化があって。それは単純に「部下が稼いでくる」っていう環境を作りたかったっていうこと。いつまでも徹夜したり、誰でもできる末端の仕事をやってられへんからさ。
廣瀬
それは今の部下である西村くんと出会って芽生えたん?
雨森
いや、もともと漠然と不安を抱えてたかな。例えば何かの下調べとか、バラバラの情報をエクセルにまとめるとか、そういうほんまに誰でもできる単純作業を、このままフリーでやったら40歳になっても50歳になっても自分でやるんか……みたいな。ちょっとずつステップアップして、高いレベルのことだけに専念したいやん?
廣瀬
確かにそれはあるよね。俺も数年前から自分のウエディングの担当を極力持たなくしたし。俺じゃなくても出来ることは、どんどん捨てよって。
雨森
そうそう。ちょっとはっきりとは覚えていないけど、むかし糸井重里が、現場のクリエイティブワーク、つまりあの人でいうと、コピーを書いたり、ほぼ日を運営したりっていう仕事より、経営の方が面白いって言うてて。それに感銘を受けたんよ。なんとなく、現場の方が楽しそうやん? 経営者ってできるなら現場の仕事に戻りたいと思ってると思ってたけど、そうじゃないんやって思ってさ。つまり、個人としてどんどん成長、変化していかないと、やっている業務自体に飽きちゃうし、俺がやっていることを部下に渡して、それをさらに次の部下に渡して、どんどん上の領域に行くっていう循環をつくることが、めっちゃ楽しそうやなって思ったり。
吉田
でも、誰がやっても同じ答えになる仕事もあれば、やる人によって答えが変わる仕事もあるやん? 部下に任せる時には勇気がいると思うけど、そこはどう?
雨森
俺は、アイタイスとして絶対に守らないといけないことをまず決めて、それに則った上で、アウトプットのカタチが違うのはいいと思ってる。だから、めっちゃ任してるで。っていうのも、俺がサラリーマンをやってた時って、なんにも任されへんかったんよ。3年半も働いたのに。その結果、何にも楽しくなかったっていう(笑)
廣瀬
悲しい!(笑)俺も基本的には任せるかな、その子が初めてやることであっても。あくまでもそれまでの働きっぷりを見て適正は見て振り分けてるつもりやけど。結局、意欲的な人に仕事は集まるし、そして新しいことで結果を出せる人は成長していって、また仕事が集まるっていう構図があるから。
吉田
……
雨森
そういう環境の創出、提供こそが、社長がやるべきことやと究極的には思ってるな。数字をつくってくるのは部下。社長が稼いでるうちはまだまだよね。
廣瀬
ということでまだまだな僕です(悲)
吉田
……
雨森
うちも! っていうか、また吉田くんジム○ーしてる!
廣瀬
もうほとんど言うてしまってるやつ!
吉田
ごめん2発目……。
雨森
若いな!
もし生まれ変わったら、
もう一度、社長に……
雨森
ではまとめ的に、もう一度、生まれ変わっても、社長になるか、ならないか。そしてその理由、さらにもっとこういう風にしたい、みたいなのをそれぞれ出していこうか。
廣瀬
俺はまたたぶん社長になると思うけど、出来れば「こいつとなら一緒に成長したい!」って思える人に出会って、その人をサポートする仕事もしてみたいかな。今もたまに思うんやけど、まだまだ社長としては未熟で。ブレーキの踏み方だけは上手的な。だから爆裂的な成長は遂げへんけど、潰れもしないっていうレベルでしかないんよね。1回だけでいいから、めちゃくちゃ魅力的やけどノーブレーキみたいな人のブレーキ役で仕事をしてみたい!
雨森
なるほど。今と違う仕事への携わり方には憧れるよね。俺も社長になっていいけど、次にもしやるなら、大きな組織も一回経験してからがいいかな。
廣瀬
それめっちゃわかる!
吉田
僕も一度は大きい組織の歯車として働いてみたい!
雨森
仕事でそういう大きな企業がクライアントになることもあるけど、その会社の中身の部分はマジで手探りっていうか、想像で話するしかないから。あたかも経験したみたいな体でしゃべってるけど、ぜんぶ想像と伝聞(笑)
廣瀬
僕ら歯車になれるステージはあったはずやのに、全員放棄したからね(笑)
雨森
まあね。吉田くんは?
吉田
俺は社長って器でもないかな。その代わり、めちゃくちゃ結果を出して「給料あげてください」って言いたい!
雨森
あ、じゃあ生まれ変わったらならへんねや。
吉田
たぶん。いまもなりたいって思ってなった訳でもない(笑)
廣瀬
(笑)
雨森
正直でよろし! 世の中の社長の共感を得れるよ!! っていう感じで、今日も時間が来たし、ここまでにしようか!
廣瀬
そうやね! なんか今日は比較的、真面目モードやったな
吉田
ジムニーの話以外はね……。
廣瀬
あ、もうはっきりと「ジムニー」って言うもうた……。
雨森
意味が伝わりませんように! じゃあまた来月に!!
吉田
おねしゃす!
廣瀬
おねしゃす!
廣瀬
コロナウィルスの感染拡大後、半年振りのウエディングの現場がようやく動き出しました。これから現場が再開し、少しずつですが元に戻り始めます。しかしまだまだこれから。ウエディング以外の売上を構築できるように日々精進!