<1月某日 社内ミーティングにて>
社長雨森(以下:雨):ちょっと西にお願いしたいことがあるんよ。ちょっとコレみて。
カメラマン西村(以下:西):これは追手門学院中・高等学校のオウンドメディア『O-DRIVE』用に撮影されたものですね。
雨:そして、これ……。
雨:さらに、これ……。
西:2枚目も追手門の先生で、最後は僕のウエディングフォトです。過去にコラムで紹介したものですね。めずらしく意図が伝わってきませんが……。
雨:……ごっつ……、エモい。
西:え?
雨:3人とも、めっちゃエモいやん!!!!!! これまで幾度となく制作物のモデルになってきたし、自分でディレクションするサイトにカメオ出演しまくってるけど、こういうエモい系の写真が1枚もないなんて、悲しすぎるやろ。
西:まぁ主役ではないですからね……。通行人A役が強烈に目立っていたら怒られますよ。
雨:それはもちろんわかってる。だから今回の仕事はこれ。
西:こ、これは! 以前勤めていた田村さんが、社長や先輩から無理難題を押し付けられる時に使われていたやつ!!
雨:もちろん撮影には協力するから近日中に頼む。じゃあ、今日のミーティングはこれで終わりね。おつかれ。
西:(ついに完全な私情を持ち込んできたな……)お疲れ様です……。
『主演・雨森』で撮影してみる。
西:すでに社長が“エモい”と感じている写真があるわけですから、それを真似すればいいだけだと思います。
雨:そんな簡単にいくかな……? まぁやってみようか。
(パシャ)(パシャ)(パシャ)
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雨:……これ……なんやねん……。
西:はい。想像とかなり違いました。すみません。主役になったからといって、エモくなるわけではないってことはわかりましたね。
『感情をコントロール』して撮影してみる。
西:参考の写真を見ていて、共通点を見つけました。それは『表情』で『感情』を伝えているということです!
雨:ほう……。つまり、どういうこと?
西:おそらく社長が感じている“エモい”は、『無感情』か『激情』からしかうまれません。ほら、もう一度みてみてください。牛込先生は考え込んでいて、髙木先生は怒っている、そして僕は感激しているようにも見えませんか?
雨:なるほど。意識的に感情を「消す」か「全面に出すか」すればいいわけやね。
西:はい。では早速お願いします!
(パシャ)(パシャ)
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雨:……。
西:……。
雨:西、もういいよ。
西:いや、またひとつ前進です。感情のコントロールでもないってことが分かりましたから。でも……、どうすれば……。
雨:いや、だからもう……。
西:わかりました! 次こそは決めましょう!!
自然体で撮影してみる。
西:社長はずっとこの仕事をやっていることもあって、一般人と比べて、撮影慣れしすぎているんだと思います。だから素人の被写体が偶然だしてしまうエモさが出せなくなっているんじゃないですか。だから一度、すべてを忘れてください。もう心に身を委ねて。
雨:それはあるな。考え過ぎずに、ただ撮られてみるわ。
(パシャ)(パシャ)
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西:あの…、カメラを向けただけでポーズを決めちゃっています。
雨:すまん。撮影を巻きで終わらせることが身についた俺には、自然に撮られることは不可能かもしれない……。
西:やれることは、すべてやりました。僕の力不足ですみません……。
雨:いや、気にせんでええよ。いつか、エモくなれることを夢にみて生きていくわ。
fin
誰だって撮れる、エモい写真。
さて茶番はここまでにしておきましょう。実際にはちゃんとエモい写真は撮れています。
そして過去に社長を撮影した中にも、膨大にありました。
ただ意図的にそれを狙って撮影するには、あまりにも抽象的なテーマであることは疑いようがありません。
そこで今回は『アイタイス流 エモい写真』を紐解いて、
どうすれば撮影することができるのかを、なるべく分かりやすく解説してみたいと思います。
分析をはじめるにあたって、以下の3つを前提に読み進めてくださいね。
“エモい”に明確な定義は存在しないということ。
“エモい”が目的の撮影は稀だということ。
“エモい”が良いわけではないということ。
ニュアンスだけで乗り切れるはずの言葉をロジカルに説明しようとしている時点で、まったく”エモくない”ことは重々承知しています。
40歳を超えてもエモくなりたい、30歳を超えてもエモく撮りたいと思う努力の結果だと思って見守ってください。
なお今回の企画の中で出てくる被写体はすべて素人を対象にしました。
エモいけど、エモくない!? アイタイスの定義。
まずは「一般的なエモい」と「アイタイス的なエモい」を区別するところからはじめましょう。
「エモい」とは
若者からうまれたスラング。「感情が揺さぶられたとき」「気持ちをストレートに表現できないとき」「哀愁を感じさせるとき」「趣があるとき」「グッとくる」(以下略)Wikipediaより
ご覧のとおり非常に便利な単語であることが分かります。もはや世の中の事象のほとんどを片付けられるひと言です。
一方でアイタイスの場合は、主に写真に対して使われます。中でも被写体の表情のみを示すことが多く、ロケーションや時間帯・季節などの要素には影響されません。
比較してみると、世間的には媒体や事象を問わず用いられますが、弊社においてはポートレート。そして表情以外の要素は”エモさ”には加味されないということが分かりました。とはいえ一般的な解釈の中にアイタイスの“エモい”も含まれるのは間違いありませんね。
エモいにもちゃんと理由があります。アイタイスでは。
次にアイタイスで”エモい”と表現される写真の要素を3つに分解していきましょう。
【表情(瞬間的な要素)】
およそ8割を占める要素でしょう。例に出てきた3人の顔に注目してください。
一般的な要素に当てはめると、「感情を揺さぶられた(表情)」「哀愁を感じさせる(表情)」「グッとくる(表情)」といったところでしょうか。
個人的には『ストーリー性』がキーワードだと推測しています。写真は一瞬を切り取る媒体なので、シャッターが切られる前後は観る人の想像に委ねるしかありません。たった1枚からなにかしらの物語を連想させる表情はかなりエモいはずです。
これがあまりに説明的な顔をしていると台無しになるので注意しましょう。
【違和感(演出的な要素)】
1割くらいのエッセンスとして求められるのが、非日常感だと思います。温厚な人が激怒したり、強面な人が捨て猫を拾ったり、そういうギャップともいえるでしょう。
【その人らしさ(自然的な要素)】
最後の1割であり、もっとも大事なのがこちらです。
被写体は自分という役を演じるわけですから、自身がまったくやったことのない表情や行為をするのはやめましょう。雨森が微妙にエモくなれないのは、これが原因だと思います。自分ではないモデルを演じるからです。
無駄な1枚にこそ、エモいは隠れている!?
アイタイス的エモい写真を構成する3要素を洗い出したところで、最後はどのようなフローで撮影されているのかをみていきましょう。スキルや機材は問わないので、誰でも実践できると思いますよ。そのためのポイントは2つだけです。
■ 「はい、チーズ」の前、「OKです」の後に1枚ずつ、そしてダメ押しの「もう1枚」
当然、撮影現場で「はい、チーズ」なんていいません。ただファインダーを覗き、構図を決め、シャッターを切る、という一連の動作の中で、どうしても被写体は自然体から離れていってしまうものです。
「いま撮られている!」ということを、あえて意識させる場合もあるのですが、そうなる前と後、そしてちょっと間をおいて「もう1枚!」を撮っておきましょう。
分かりやすいように、動画の切り抜きで検証します。こういった表情が隠れているからこそ、本番の前後はチャンスなのです!
■ ドキュメンタリーであれ!
写真は基本的に、ありのままの瞬間しか残すことができません。要するに、結果的にエモい写真を残せるかどうかは、一瞬を見逃さずシャッターを切ることができるかにかかっています。
たまたま西日が差した教室で、たまたま前かがみになったとき、たまたま眩しい表情をした瞬間にシャッターを切れるか。目線をもらったら、微妙に太陽が眩しくて、なんとも深い思考を感じさせる眉の下がり方をした瞬間にシャッターを切れるか。そういった決定的なタイミングに反応できる機動力が必要です。
さらに被写体に対してカメラマンの存在感を消すこともポイントになります。撮られる準備が不十分な「不意」を狙いましょう。
結局、答えが出ない”エモい”の世界。
前提でも述べたように、“エモい”を目的としたことは、これまでに一度もありません。クライアントワークにおいて重要なのは、写真の果たすべき目的を熟知することです。つまりエモい以上に大切なことはたくさんあるということ。その被写体の人となりを感じさせることや、魅力を最大限に引き出すこと、そして何よりも撮影を楽しんでもらうことです。
このように仕事を楽しむなかで、自然とエモい写真が何枚も撮れてしまうことはありますけどね(笑)
どこまで突き詰めても人による感覚の話です。1つの正解は存在しないし、だからこそ“エモい”は特定の意味を持つことなく、若者たちに受け入れられたのでしょう。
では結論をまとめます。
エモいって、めちゃくちゃエモいから、まじでエモいです。(訳:頑張って働く大人には、さまざまに魅力的な顔があるよね!)
『エモい』の定義がなさすぎて、新人(大卒22歳男子)に聞いてみたところ、おそらく雨森と西村が撮影した写真の数々は「エモくない」ことが判明しました。歳をとるって、こういうことです。企画から機材のセット、撮影、現像と延べ丸1日はかかっています。ありがとうございました。